2017年9月29日金曜日

住民の生命・安全・財産を守りたい

 県内にすでに存在している原発に正面から向き合わなければなりません。たとえば、米朝関係が緊張するなか、原発テロやミサイル着弾という事態にどう対応するかについて、規制委は所管外という立場を崩しません。これに限らず、現在の原子力規制委の指針では、事故の際、住民の被ばくを防ぐことは極めて困難ですが、地方からでは、この指針の見直しもできない状況です。
 

 私が知事を退任した後、残念ながら、有効な避難計画の策定も停滞しています。

 一つひとつ法制度を見直し、整備していかなければならない課題も山積です。

 たとえば、甲状腺がんを回避するための安定ヨウ素剤の配布は、屋内退避を求められる30㎞圏で進んでいません。福島原発事故の際ベントの実施判断は8時間半で行われました。

 ① 数時間でどうやって、誰が屋内退避を求められる44万人に配布するのか。
 ② 屋内退避指示が出る中、配布する人に使用者は、被ばく覚悟で外出することを業務命令できるのか。
 ③ 上記二つは、思考停止の状態です。
抜本的な見直しなくしては、現場の視点に立たない机上の空論になりかねません。

 チェルノブイリ原発事故では、4万2千人の避難に1200台のバスを投入しました。指針に従えば、柏崎刈羽原発では、44万人の人が屋内退避となります。そして、線量が上昇した際に避難が求められますが、単純計算で1万台以上必要になります。運転手の確保、バス・トラック・福祉車両等の確保計画が具体化できていません。

 中越沖地震の際、半日程度で被災した高速道路を暫定開通させましたが、これは建設業の皆さんが屋外で作業していただいたおかげであり、屋内退避指示が出た場合に、誰が外で被ばくするリスクを抱えたまま作業するのかも決まっていません。特に大雪に見舞われていた場合、これを想定した対策が不可欠です。

 諸外国でも活用されている避難の方向を決める際に不可欠な拡散予測についての対応も進んでいません。これらの問題に関して政府へ対する制度改善の要求も進展していません。

 このように、政権・与党以外からでは、「良い要求」であっても、多様な意見の一つとして、議論の俎上に乗せられない状況を、官僚、知事時代を通して何回も見てきました。

 私が知事に就任する前からトラブル隠しを行った東京電力の信頼性について疑問が呈されてきました。こういった中、近々柏崎刈羽原発の審査書案の了承が行われる可能性あります。

 そもそも事故を起こした東京電力が原発を運転する資格があるのか疑問です。同社は、トラブル隠しを行った後、二度と同じ過ちを犯さないと誓ったはずなのに、福島原発事故当時メルトダウンを隠蔽しました。また、M9.2の地震は予測できなかったにしても、13~14mの津波が襲来する可能性を2年半前に認識しながら対応をしませんでした。加えて、当時の書類を裁判所に提出することすら応じていません。これらを世の中に問い是正していく必要があると思います。

 私は、中越沖地震、福島原発事故当時の知事としての経験を活用し、与党内から効果的に働きかけ、停滞している県の対応を促し、住民の皆さんの生命・安全・財産を守りたいと思います。住民の皆さんへの情報提供と風化が進む原発議論を再活性化が必要であると信じます。

2017年9月28日木曜日

古賀さん、密約なんてありませんよ

泉田ひろひこ

 2017年09月11日付けブログ 泉田前新潟県知事と自民党との間に“密約”があった? 元同僚の古賀茂明氏が内情を暴露 http://bit.ly/2xteill は誤認が甚だしいので、事実関係を説明します。

 昨年の新潟県知事選挙は,2016年10月16日 投開票です。私が、知事選からの撤退を表明したのが、8月末でした。当時は、原子力が争点になる気配はまったくありませんでした。あくまでも、地方における「権力闘争」の様相を呈していました。


 このため、私が知事選から退くことで原子力防災を争点にして欲しいこと、また、後継指名はしないとことを表明し、知事選から撤退しました。


 2016年09月21日付け記事をご覧いただきたいと思います。(参照:泉田新潟県知事が語る「出馬撤回の理由は『原子力防災を争点にしてほしい』から」 http://bit.ly/2jED8cx )

 二階幹事長から連絡があったのは、自民党推薦候補の劣勢がはっきりした、投開票日の3日前でした。知事選撤退表明前から選挙戦終盤まで、二階幹事長とは連絡はまったくありませんでした。また、党中央から見れば、地方の争いに幹事長が介入する理由はなかったと思います。


 ちなみに、私の最初の知事選挙で支援していただいたのは、当時、民主党側は、森ゆうこ議員他、自民党側は、二階総務局長(当時)ほかでした。


 話を知事選最終盤に戻すと、私は、米山、森両陣営から、街宣車に乗ってくれという要請を受けていました。無論、古賀さんからも要請を受けていました。新潟入りして、与党推薦の森候補が劣勢の理由(県民支持率8割の泉田県政を批判していた。朝日新聞 :http://bit.ly/2heGI8Q )を察知した二階幹事長から電話をもらったのは、そのタイミングです。

 二階幹事長も、森ゆうこ議員も「泉田知事」の産みの親です。当初から、後継指名はしないと表明していたこともあり、完全に動けなくなったというのが真相です。密約なんてありません。

 古賀氏が言うように
「二階幹事長から『自民党から出ると裏で約束したのに、米山支持とはどういうことか』と怒られたか」
ということになると8月末に原発が争点になっていない時点での二階幹事長のメリットは何なんでしょう? 密約をする必然性はまったくありません。

 なお、古賀氏にクレームをしたのは、「僕が米山支持を公言しているみたいに取られるのは困る」ではありません。 古賀さんが事実に反する発言をしていたので、「嘘はつかないで欲しい」とお願いしたものです。古賀さんも記憶があるようですが、その時の古賀さんの返事は、「選挙だから仕方がない」でした。

 今回は、長島代議士の急逝に伴い、要請を受けたものです。これをご覧ください。→ http://bit.ly/2wdDesD 


 長島代議士の急逝とは関係なく、国政へという声をいただいていたのは事実です。仮に、長島代議士の急逝がない状態で、立候補を決断した場合は、参議院、新潟1区または4区 いずれも無所属ということになっていた可能性が高いように思います。密約が入る余地はありません。

2017年9月8日金曜日

10月22日実施の衆議院新潟第5選挙区補欠選挙への想い

 2004年10月23日に中越地方を直撃した地震。
 10月23日の中越大震災は、長島忠美村長の人生の転機であったし、私にとっても大きな転機だったと思います。災害に遭遇された方の苦しみを肌で感じ、災害に立ち向かった長島先生が急逝されたことは、本当に残念でなりません。

 振り返れば、知事室での最初のお客さまは、長島村長でした。
 そして、知事としての最後の公務は、昨年10月23日旧山古志村での追悼式。はなむけの言葉を長島代議士からいただきました。

 今回の補選は、追悼式の前日10月22日に行われます。今年の追悼式では、「代議士としての最初の仕事で、長島先生を含めて追悼してほしい。」との思いもいただきました。

 また、私は、12年間全日本錦鯉振興会の会長を務めさせていただきました。審査委員長であった長島先生と共に取り組んだ中山間地振興を前進させたいという思いもあります。

 人生の先輩、政治家の先輩である長島先生の遺志を継いで、災害に強い国づくりに尽力したいとの想いから、今回、意思表明させていただきました。

 災害に強い国づくりを進めることが、そして、どこに住んでも幸せになれる地域づくりを行うことが、全国、そして世界から寄せられた善意に対するご恩返しであり、私の持てる力を尽くしたいと思います。

2017年8月22日火曜日

ご挨拶

 平成16年10月、私の人生にとって大きな転機となる新潟県知事初当選を大激戦のすえ果たし、その後12年間にわたり、県民の皆様の目線、地域の目線を第一に地元に新潟県のため、県政に取り組んでまいりました。

 そしてこの期間、私にとりましても、大変貴重な経験をさせていただけたと同時に、さまざまな政治経済情勢や地域社会における課題解決のための知見を得ることができました。


 長いようで、あっという間に過ぎ去った12年間を充実して県政運営に邁進できたことは、果敢に課題に取り組んでくれた県職員、関係機関 、そして、なにより県政を叱咤激励してくださった大勢の皆様のおかげと思っており、地元新潟県への感謝の気持ちで一杯です。

 思い起こせば、就任直前に中越大震災に遭遇し、県民の皆様とともに災害対応にあたり、全国、世界からの支援も頂きながら復旧、復興に取り組んでまいりました。


 その後の県政運営にあたっては、未来の基盤づくりに向け、県政史上初めての県債残高減少など、財政の健全化を進めたほか、北陸新幹線開業に伴い、国に地域の実態を伝え、国から並行在来線の安定経営に必要な資金の獲得しました。


 また、懸案でもあった表参道のアンテナショップも今は全国屈指の売り上げと来店者数を誇り、新潟ブランドを発信し続けております。全国に先駆けた「新潟県版の農業個別所得保障モデル事業」や「企業の投資意欲を促す融資制度の創設」、原子力を含む防災・危機管理体制の整備も実現するなど、さまざまな課題の解決に取り組んでまいりました。

 昨年10月に知事職を退任して以降、多くの県民の皆様にお会いして、12年間のお礼を申し上げながら、お話を聞かせていただきました。改めて、現場の声の大切さと力強さを肌で感じております。

 地方と大都市部の格差の存在や少子化問題に加えて、原発問題を含むエネルギー政策にも、強い関心と問題意識を多くの方々が持たれており、講演会やインタビューの要請等を多く頂戴しました。そして、多くの方々から、これまでの経験を県民の皆様と共に探求し、社会に還元できる研究会創設の求めを頂きました。
 
 これらの要望にお応えするため、この度 「泉田裕彦政治経済研究会」を設立することといたしました。


 新潟県と日本の未来を見据えて、私のこれまでの経験と皆様の生の声が少しでも地域社会の発展につながるよう本会を発足させたいと思います。


 多くの皆様のご賛同を賜りご入会をいただけますようお願い申し上げます。


 なお、具体的な研究会活動につきましては、適宜アップさせていただきます。

2017年7月14日金曜日

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